ストレスを感じた時どうするか?まぁ俺は予想どおり波乗り.人によってストレス解消法は違うと思うねんけど,今日の授業でInternational Students向けの簡単なガイドラインが紹介されたからのせておく.
こっちで勉強してて時々思う事.アメリカって日本で教えない個人依存のいろんな事を,定義に近い説明で授業で紹介する(もちろん,他の学校はどうか知らんが).そこまで触れんでもいいやろうと思う事も多々あるが,しっかりと明記してくるところが印象的.こっちに来る前は,アメリカは適当な国やと思ってた.確かに個人は適当な人が多いけど,教育などのシステムは日本よりもClearな部分が一杯ある.これってエエところやなとよく思う.かなり適当な俺が言うのもなんやけど...
テンションの低い日が続く.今日のトラッセルズはセットで腹程度と小さな波.日曜で天気がええ事も加わってかなりの混雑.あんまり波を取れずに終わってしまった.
家に帰ってきてとんでもない事をやってしまった.電子辞書を踏んでしまい壊してしまった.某大学のメディアショップで買ったもので,こっちで保証が効くはずもない.今の生活には不可欠なアイテムなだけにショックがでかい.しぶしぶ日本人マーケットに出向き,New Oneを購入.値段を考えるだけで自分の不注意さを悔やんでしまう.
調子が悪い時はいろんなやな事が続くもんだ.今週は次のウネリが入るので,テンションをあげていきたい
今日はComputer Labで授業.大学のネットワークIDとやらをもらい,大学内のPC施設の使い方のLectureを受ける.うちの大学UC Irvineでは,ネット上でIDの申請ができ,待ち時間もない.自由に使えるPCの数も膨大,ネットワークのSpeedもすこぶる快調で文句のつけようがない.また,Campus内の様々なところに無線LANが張り巡らせており,出身大学との違いに驚く,この無線LANの利用申請がまたかっこいい,WEB上で自分のPCのMACアドレスを入力すれば,すぐにDHCP経由でインターネットが利用可に.アメリカの大学はみんなこんな感じなのか,それとも金持ちUCだからなし得る技なのか?どっちかわからないが,ネットワークが不可欠な人間に,いつのまにやらなってる自分に1番驚いた.授業では大学内外の文献DBの使用方法を学ぶ.Googleなどで英語で検索する回数が少なかい自分だけに興味深かった.
足の怪我のため,とりあえず今日は波乗りはなしということで,久々に日本人街に行く.そこにあるスーパー内に結構立派な本屋ができ,日本の雑誌の立ち読みにはまる.日本ではやってる歌やら,芸能情報やらを仕入れ,今日本で話題らしいW大のサークルの事件を見てビビる.日本人街に寄ると必ず軽いホームシックにかかる.家に帰ってそんなテンションを振払うために宿題に取りかかる.前の英語プログラムからえらく増えた宿題の量はホームシックの特効薬.まだこの量に離れず一杯一杯やねんけどね....そんなこんなで,いつのまにやらアメリカに来て今日で3ヶ月が過ぎた.
久々にへそを曲げた1日だった.
今日の授業内容は今回のビジネスプログラムのIntroduction.今日の宿題はLevi'sの事業戦略が示されたPaperから,グループでSummaryを作れというもの.うちのグループはえらくリッチなコロンビア人と例の同じ会社の内定者.何やら就職活動のグループディスカッションみたいだ.Discussionの方は普通に進み,なんとかレートができたのだが,つくづく俺の英語力のなさを痛感させられた.加えてこのコロア人,俺が文章を十分に読解できてない事を察して,俺の言う事をほとんど耳に入れてくれない.確かに課題の英語は俺にはレベル高すぎるけど,同じ会社の内定者と同じことを言っても俺だけ無視って.....それはないやろう!今度サーフィンに連れていってくれと頼んできたから,海で仕返ししてやると腹の中で思う俺はかなりへそが曲がっていた.
授業が終わり,トラッセルズへ波乗りへ.波のサイズは胸程度で,しっかりと肩が残ったいい波だった.しかしハプニング.トラッセルズのBottomは玉石なんやけど,足を着いた時にずばっと親指を切ってしまった.今回の傷はこっちに来て1番深く,血が止まらずしぶしぶ波乗り停止となる.
家に帰って,以前として送信できないメールの対処..MacのSMTPサーバに接続できない.うちの家の他のマシンはメール使えている事から,俺のPBG4に問題があるようだ.自分のマシンのポートの状態を見るコマンドを知ってる方がいたら教えて下さい.
グタグタやっていて気付けば11時.宿題を始めるが,これにも大苦戦.与えられた課題資料をいくら読んでもほとんど理解できない.理解できてないものをSummarlizeしろと言われても無理がある.1ページのReportに4時間かかってしまった.
今日から新しいプログラムがスタートする.今までの英語プログラムと異なり,ビジネス専門のコースという事で,UC IrvineのMain Campus内の建物を使わせてもらえる事に.少し格が上がった感じがしてベタに嬉しい.今日はこのコースのメンバー顔合わせとオリエンテーション.メンバーは思ったより少なく9人.日本人が多い事でついつい日本語使ってしまいそうになるけど,みんな英語がペラペラ.加えて社会人あがりの年上ばかり.いい勉強になるだろう.オリエンテーションの方は,このプログラムのスケジュールと概要の説明.ビジネスという事で未知な部分が多いけど,高い金を出してるねんから元を取る事が第1目標かな.
そうはいってもここは波乗り日記.今週はそれほど忙しくなさそうなのでKeep Surfing.今日はSouthのウネリを受けてトラッセルズは頭程度のサイズ.今日はここで大会が開かれていたため,海に入ってる奴ほとんどが上手い.俺の波乗りは相変わらず不調.早くこの状態を抜け出したい.
今日はVacationの最終日.朝から海にいき,帰ってきてから学校へ手続きに出向き,家でゴロゴロ.これといってたいした事はしてない.どうもラスベガス以降調子が悪い.まずは波乗り.思ったように波が取れない.次に体調.頭痛が頻発する.最後にMail..Macのアカウントを使ってるのだが,受信はできるが送信ができない.そんなこんなでえらくテンションが低い1日だった.今日でVacationはOver.これが1番の原因かと思う.
今日からSan FranciscoでAppleのWorldWide Developer Conference(WWDC)がスタートする.1月のMacWorld以来のSteve Jobsによる基調講演もあり,新製品の登場に期待がかかる.アメリカに滞在してることから行きたかったが,Developerという名前にふさわしくない自分と料金から断念.今回はストリーミング放送で我慢する事に
基調講演は相変わらず興奮した.Steve Jobsの服装や会場の設備はかなり見慣れたもの.でも発表される内容は新しいものばかり,まぁ当たり前やけどやっぱり興奮する.ざっと発表された目新しいものは
Steve Jobsの英語だが,前回よりも聞き取れたと思うのは気のせいだろうか?Listening力が上がってる事を願う.それにしても彼のPresentationには感嘆してしまう.かなりサラッとやっているが凄い練習してるんだろう.某研究室の癖でリハはどれぐらいやったかを聞きたくなってしまう.英語が喋れるようになって,あんなプレゼンができるようになれたらなぁ...
旅行から帰ってきて久々の海.波は腰サイズと小さく,風も入ってしまいいまいちな波だった.3日間海に入らないと体が重い.旅行での暴飲暴食でウェットスーツがきつく感じる.サーフィンしてる感覚も何やらおかしい.3時間で終了.
海から帰ってきて友人のBirthday Partyに行く.その子(韓国人)はやっと21歳になる.アメリカでは,この年齢から酒等が合法になるのでかなり大切.しかしながら,既にみんなに酒乱として知れ渡ってる彼女.どこの国でもそういう女の子はいて,みんなから好かれるもんだ.若々しいBirthday Partyだった.
あっという間に最終日.今日はLas VegasからIrvineに帰る事だけで1日が終わる.途中にFashion Outletにグループ内の女性陣のために立ち寄る.Free Way沿いにいきなり現れる巨大なOutlet Mall.俺は今までOutletに行った事がなかったのでなかなか楽しめた.もちろん,メンバーそれぞれが購入する服の量は前日までのGambleでの勝ち金に比例していた.
OutletらIrvineまではまたも4時間のドライブ.みんな連日の深夜Gambleで疲れており,車の中は爆睡.孤独なドライブにはiPodが最大の友人となる.日本でもよくあったことだ.
Irvineに着き,友人宅でホテル代などの清算が始まる.最後の最後で1番でかいトラブルが発生する.お金を立替えていた台湾人が文句を言い出し,結構な口論モード.お金が絡むと何事も厄介だ.加えて英語が上手く伝わらず,その台湾人を説得できない.嫌な雰囲気が流れる.
そんな時,日本人18歳の女の子が喧嘩ごしでお金の計算をして台湾人を説得し始める.ところがその子,日本語で説得し始める.もちろん通じるわけがない.実はその子,英語はほとんど喋れず,今回の旅行でも悪く言えばなめられていた.でも,お金の清算方法は明らかに筋が通った1番いい方法.加えてその方法を説明する姿に迫力を感じる.その結果,ぐずっていた台湾人も納得し,清算に関するトラブルを乗り切る.あとで聞くと,ゴタゴタやっている俺らを見ていて腹が立ったから私がしたとのこと.筋が通った方法と迫力ってものは言葉を乗り越えて何人にも有効で,それを実行できる彼女は誰よりもカッコ良かったと思う,
今回の3日間,いろいろあったがあらためて旅行ってものが好きになった.振り返ると大学・院の間と,いろんな人のおかげでいろんなところに行かせてもらった.別に旅行が良いとか悪いとか,そんなんはどちらとも思わない.ただ,脳に入っている記憶の中で深く刻まれるものは旅行絡みが多い.不思議なもんだ.
前日のGambleにより,みんな遅い起床.Buffetで昼食を取り,Valley of the Fireと呼ばれる国立公園へ向かう.Las Vegasから車で約1時間ほどの距離にある赤い岩が有名な砂漠なのだが,これまたとんでもない僻地.だだっ広い荒野に道路が1本.もしここに自分1人おいていかれたら...などとガキのような発想が出てきてしまうほどの砂漠だった.
この砂漠で軽いトラブル.うちらのグループは2台の車で移動していたのだが,俺が乗いない方の車のガス欠ランプが点灯.砂漠に道1本.他の車なんてほとんど通らない砂漠.みんな景色を楽しむ前に,ガソリンスタンドまでもってくれという緊張感で一杯.結果としてはギリギリのところで助かったのだが,ガソリンがまだ残っている車に乗っている自分は,そのスリルを多少楽しむあまのじゃくな時間やった.
![]() | ![]() | ![]() |
Las Vegasに戻ってからはジェットコースター,名所観光,フリーフォールと忙しく動き,瞬く間に時間が過ぎる.このフリーフォール,Las Vegasで最も高いタワーの上に設置してあり,世界で最も高いフリーフォールらしい.その名も「Top of the World」.スピード感,チビリ度満点で,そこからのLas Vegasの夜景はホンマにきれいやった.タワーの上に更にアトラクションを作ろうと考えるアメリカ人にはびっくりする.
いろいろ動いてホテルに帰ってきたのは午前2時.そこからGambleの2日目が始まる.今日は前日友人が大勝ちしたBlack Jackをターゲットに.弱そうなディーラーを探し,席に着く.隣は酔っぱらった白人が2人.ディーラーはこの白人に雰囲気的に飲まれてる.そういう時は勝てる波に乗れるものだ.勝負に行けば行くほど俺に運が向き,結局そのテーブルで$100近い黒字にありつけた.
今思うとここでやめておけば良かった.換金したあと祝杯としてビールを飲んで寝ようとした時に,友人の台湾人に煽られてGamble2回戦に突入してしまう.もう一度弱そうなディーラーを探しBlack Jackの席に着く.ところが1ゲームしたらディーラーが違う人にChange.あかんこれは逃げなと思った時はもう遅い.そのディーラーにコテンパンにやられてしまい,先ほどの勝ち金はGone.±0で2日目を終了する.
アメリカに来て初めての旅行.目的地は,俺がいるIrvineから450kmほど内陸のLas Vegas.今回のメンバーは日本人,台湾人,韓国人の合計9人,多国籍グループ.大人数での旅行に付き物なのが喧嘩などのトラブル.多国籍なだけにどうなる事やら...
Las VegasはIrvineから車で約4時間半ほどかかる.Irvineが気温20度前後なのに対し,Las Vegasは35度以上.Las Vegasに近付くにつれ,映画でよく見る砂漠一色の風景.いくら運転しても変なし.道も直線のみ.長時間ドライブに慣れてるつもりの俺もこれには参った.
Las Vegasに着くと台湾人が予約したホテルへチェックイン.このホテル,ラスベガスの中心道路「ストリップ」に面しておりかなり便利.そしてデカイ.加えて4つ星.その割にはツインルームが$64と手ごろな値段.俺らはこのツインに4人で泊ったため,なかなかCheapに過ごす事ができた.Las Vegasではほとんどのホテルにカジノがあり,どうやらその収入のおかげで宿泊料金が安いらしい.しかしながら,多国籍が故の部屋割りにグループ内でもめる.ギャンブルなどで険悪ムードもおさまったが,もめる時間っていうのは何歳になっても歯がゆいものだ.
個人的な事.運悪く,長時間ドライブによる冷房と気候の変化によって軽い風邪を引いてしまった.夕食後,薬を飲んで寝たために回復したが,この睡眠によって今回ついでに行きたかったGrand Canyonへのツアー申込ができなかった.これにはかなり行きたかっただけにかなり凹む.
睡眠後,ホテル内のカジノへ出かけ時間を潰す.家族ゆずりだと思ってるのだが,俺はバクチ運はない人間.Gambleを楽しむ前に金が消える....負けがこむほど,Las Vegasに来た理由を自分に問いかける悔しい時間だった.
先延ばし,先延ばしになっていた運転免許の試験を受けにいく.以前にも書いたが,アメリカではDMVという所が自動車に関する登録等を行っており,運転免許もここで取る.車社会のアメリカだけにDMVは同じ州内にいくつもあり,今日は家から一番近いDMVに向かった.
運転免許取得の流れは
1) ペーパーテスト
2) Social Security Number(SSN)の発行 (9.11テロ以降,アメリカ以外の学にSSNは発行されず,免許を取るための仮SSNをもらう)
3) ドライビングテスト
となっており,今日はこのペーパーテスト.問題内容は日本と同じようなもの.もちろん自動車教習所みたいなものはなく独学で勉強する.幸い,カリフォルニア州では日本語でペーパーテストを受験可能であり,そのテストは3種類しかないため,友人からもらったコピーを勉強すれば...
朝9:00にDMVに到着し,受験の列に並ぶ.日本と同じで異様に待ち時間が長い.試験用紙をもらうのに手続きがいるのだが,それに1時間半かかった.その間に動いた距離20m.喋った言葉2,3文.典型的なイラチな俺にはでかい時間だった.試験の方は友人のおかげもあって無事PASSできた.7月8日にドライビングテストが待っている.
明日から3日間,友人とLas Vegasまで行ってきます.その間は日記お休みなんで,みんな元気で.
俺の車はレンタカー.アメリカであまり見かけない軽自動車SUZUKIのSwift.この車日本で結構売れてるらしいが,俺はこっちに来て初めて知った.2ドアで古いモデル.もう2ヶ月半同じ車に乗り続けてる.サーフボードを積めば二人が限界の大きさ.日本人の連れには「アメリカでなんでそれやねん」と言われるが,そんなの無視.逆に目立っておいしいから,かなり愛着がでてきた.俺が乗ってる姿を見て,似合っているとみんなからからかわれるのも加わって,かなりの愛車だ.
その車に乗って今日もトラッセルズへ.トラッセルズではビーチから1kmほど離れた駐車場に車をおかないといけない.今日も機嫌良く車をおいて,3時間半ほど海に入り,駐車場に戻ってくると,車の隅っこの方に小擦り傷ができている事に気付いた.この傷が自分のミスかと疑うが,そんなミスをした覚えは全くない.加えて今日出発するまでそんな傷はない事を覚えている.どうやら,駐車場にとめている間に誰かにやられたようだ.
日本で運転を始めた頃はふざけた運転をしていたが,ここ3年ほどこすった経験はない(友人にぶつかられた事はあるが).それだけに今回の傷は凹む.レンタカーだけに追加料金を取られるだろう,とほほ...
アメリカに来てクラブに行くのは初.俺が住んでるIrvineから約40分ぐらい北のロングビーチと呼ばれる町のクラブに,知合いのサーファーに連れてってもらう.日本でもそんなにクラブが好きではない俺.昔連れとどうやったらクラブに馴染めるかってTalkをしたことがある.そこから4年ばかしたつが,依然として馴染めない俺.アメリカに来たら変わるかもと思ってたけど,やっぱり同じだった.
アメリカのクラブの印象はダサイ.もちろん俺はクラブの質を評価できるほど知ってるわけじゃない.また,あの店だけがださかったのかもしれない.それでも.激しく踊る女の子を見てると,このダサさをやっぱり感じてしまう.日本のクラブに集まってる子ってもっとセンスがいいと思うねんけどな...ただこのダサさを楽しんでいるのも事実.何やら親しみやすいダサさだったので,結果的には面白かった.
ちなみに,クラブで1番ダサイのは,雰囲気に馴染めない俺自身.
昨日のTOEICとTOEFLのスコアを受けて,一度諦めていたビジネスコースにApplyしてみた.その結果,なんとAcceptされた,というかAcceptされてしまった.実は学校が要求するTOEICとTOEFLのスコアに俺のスコアは達していない.ところが今まで在籍していた英語コースの先生が推薦してくれたらしく,ほんとに嬉しい.腐ってる俺の人間性をサポートしてくれるアメリカの風土に驚きと感謝を感じてる.
さて,俺が次に参加するプログラムはAccelerated Certificate Program in Business Administrationという名前で,主に財務とマーケティングについて学ぶ.勉強のメインがこれまでの英語から経済に変わるので,期待と不安が入り交じる.もちろん経済について学んだ経験なんて皆無.ほんまにどうなることやら...スケジュールは6/25〜9/11まで.以前日記に書いたスケジュールは全く白紙になった.アドバイスくれたみんな,ごめんなさい.このスケジュール変更によって,俺が日本に帰る時期も9月中旬頃になりそう.入社までの引越,会社からの課題,お世話になった人への挨拶回りやらで忙しい日々が続きそうで,波乗りしたおそうと思っていた計画は頓挫する可能性が出てきた.
とは言っても,俺は波乗り人.次のコースが始まるまでの休みを無駄にしないためにも,今日も朝からトラッセルズへ.二日酔いでさすがに体が重い.加えて相方のサーファーは相変わらず怪我治療で今日も一人だ.波の方はセットで胸肩サイズ,混んでていたあまり本数は取れなかったが,いい練習になった.
今日で長いようで短かった10週間の英語プログラムが終了した.今日は午前中授業で,夕方から卒業Celemony.Celemonyは校長みたいな人のスピーチ,皆勤賞,成績優秀者,主席のスピーチ,そして軽食のパーティと流れる.運が良く,うちのクラスの成績優秀者に選ばれ,壇上に立つ事ができた.うれしいこった.ちなみに成績優秀者は韓国人がほとんどで,少しの日本人と台湾人といった顔ぶれだった.韓国人の勉強熱心さはホンマに感心する.
Celemonyが終わり,当然のように友人宅で飲み会へ.久々のビールは何も考えずにごくごくいけ,かなりうまい.色々考えるの明日からにして,楽しい時間を過ごせて良かった.
TOEFLとTOEICのスコアが返ってきた.結果はTOEFLが513,TOEICが705.TOEFLはほぼ初めてだったのでなんとも言えないが,TOEICのスコアが100点UPしたのには驚いた.正直嬉しい.この結果により少し俺のアメリカ滞在プランが変わってきそう,いいように流れてくれれば嬉しいのだが.ただ,俺と同じ会社に入社する女の子はTOEICが865やった.まだまだ上はいるのね...
今日からFinalのテストが始まった.といっても,テスト数5つ,2日間だけなのでそれほどのもんでもない.暗記大会の方も結構頭に入ってきたので,そつなくこなせるだろう.
Listeningのテストは,Smoking Lawに関して調べてディベートするっていうもの.アメリカ,特にCaliforniaは公共の場や屋内でのタバコはほとんど禁止.それがSmoking Lawで決めらてるのかは定かではないがSmokerとしては多少肩身が狭い.日本でもどっかの地域で歩きタバコで罰金っていう法律ができてたような気がする.確か俺の会社の本社は,その地域はそれに該当したような...肩身が狭い日が続く事は確実なようだ.
そのディベートで,もちろん俺はSmoking Lawに反対サイド.しかし,グループで自分の意見をサポートする資料やデータをネットで探したのだが,Smoking Lawに反対するデータなんてほとんどない.Smokingが体に悪い事はわかって吸ってるだけに,当たり前の事だ.それのせいでと言っては何だが,今日のディベートでも反対サイドはなかなか辛い立場.最終的な主張としてSmoking LawでSmokerの権利を極端に奪う事はやめてほしいという,なんとも弱い主張で終わってしまった.
アメリカに来て,日本にいる時より海に入る機会は極端に増えた.一方,タバコを吸う本数はほとんど変わってない.特に最近感じるのだが,海に入る10分前に吸った場合と,1時間前にすった場合で,息が切れるまでの時間が極端に違う.10分前にすってしまうと,すぐに息が切れてタバコを後悔してしまう.これまであやふやだったタバコをやめるきっかけや理由が,かなり目の前に迫っている...
この前友人とクラッシュして傷付いたサーフボードがやっと返ってきた.今回はトラッセルズで知り合いになった日本人サーファーのショップにお世話になった.今日,板を取りにいくと,その日本人店員といつのまにやらサーフィン談義に.カリフォルニアのポイントはどこがいいとか,どうやったらサーフィンがうまくなるなど.なかでも「自分の今のサーフィンのどこが問題点で,どんなサーフィンが次の目標で,それを達成するためにはどこを改善していかないといけないか?,これの答えを口で具体的に言えたらきっとうまくなるよ.」と言われた事が印象的だった.何でも頭を使って具体的に順序を作って実行してかなあかん,よく就職活動で言われるような事だ.
で,家に返って早速鏡の前で自分のフォームを確かめてみた.陸の上のフォームは決まってる(あくまで主観)が,海の上ではそんなに簡単にいかない.それはわかってるけど,真剣に鏡に向かう.以前友人に,「波乗ってる時のお前の顔,えらい笑ってるで」と言われた事がある.かなり間抜け.今日の鏡の前の俺を見せてやりたい.
予想どおりSouth Swellが来た.トラッセルズはサイズアップし,頭半からダブル近い波が炸裂.サイズが上がるのは嬉しいが,本心は程々にしてくれと願っているチビリサーファーなおれがいた.今日は4時間で10本ほどだろうか...
今週中頃に次のSouth Swellが到着予定.2つのSwellが混ざってカリフォルニアの海は偉い事になりそうな様子.今週の波はどれくらいになるとか,どれぐらいの長さの板を準備するとか,ローカルは海上で興奮ぎみに会話してる.だいぶ鼻息が荒い.加えて新しいうねりは水温をぐっと下げた.3mmフルスーツじゃかなり寒い.気温で夏を定義する日本と,波のうねりの向きで夏を定義するアメリカにギャップを感じる.日本やったら海で喋らない事がローカルへのリスぺクトを示す方法って考えてたけど,こっちはそんなん関係ない.ローカルと目が合えばあっちが喋ってくる.あまり海で喋りたくない俺はまだこの雰囲気に慣れないが,このギャップも楽しめればいいかとよく思う.
家に帰ってからはFinalテストの勉強.かなり暗記大会になりつつある.暗記がしんどく感じた時,昔はもっと簡単に覚えれたとよく思うが,実はそんな変わってないんやろうなー.昔から集中力ないほうやから,短期決戦の暗記大会は嫌いだ.
いつも海に行っている友人がスケボで怪我をしたため,週末にも関わらず1人でトラッセルズへ.誰かと違って大怪我ではないようなのでよかった.海の方は午前中のうちから風が出てしまい,サイズが小さいのも加わってNG.明日から到着するSouth Swellに期待といったところ.
家に帰ってからは来週のFinalテスト勉強.夕方にはHost Motherが出演するMusicalを見に近くの教会へ.うちのHost Motherは趣味が多く,Singingもそのうちの1つ.今日のMusicalはそのお披露目と言ったところだろうか.
Musicalのほうは,教会でやるとあってかなりキリスト教色の強いラブストーリーだった.出演者はHost Mother以外に地元の高校生やら小学生,そしてHost Motherの友人のおばちゃんたち.家によく遊びにくるおばちゃんが一杯いた.俺が滞在している場所だけかもしれないが,日本で言う「地元」っていう概念が,ここでは教会を中心にできているようだ.Musicalと牧師さんの話が終わるとみんなでHugが始まる.さすがにこれは照れるのだが,教会を出る時は何やら清々しいものを感じた.信仰心はかなりゼロに近い人間なのに,不思議なもんや.
Writingの授業の課題で自分と両親を比較してEssayを書けという課題があった.これだけ書くのに約2時間要した.英語プログラムも残り1週間になったのに,英語力向上したのか不安になってしまう...暇な人は読んでみて下さい.
The person who deeply influences me must be my father. I used to oppose everything that our parents advised me in my high school days. It is what is called the rebellious stage. I couldn’t take my father’s way of thinking to my heart especially. However, when I started living alone to go to the university, the change of living let me accept his mind. I’d like to write this essay and regard it as a proper opportunity to identify the relation between my father and I.
I can find many similarities about our physicality. The most outstanding feature must be our voice. Our voices are well known for low and resonant to my relatives. From time to time, someone who phones to our family hesitates to recognize who answers to him because our voices sound almost same. Naturally, our builds also are totally alike. Above all, we have longer arms than the average of most Japanese’s arms and sloping shoulders. These features make it difficult to find the clothes, which fit us. I think it is natural and inevitable because we are a parent and a child, but I can strangely find some similarities about personality.
Second, both my father and I seem to have some similar characters. My friends often say me that I am temperamental, selfish and obstinate. I don’t know what he is said by his friends, but I think he must evidently be the same as me. Of course, he also has a good personality such as gentle, tolerant to my family, and quiet. I hope to be like him in future. On the other hand, some our senses of value are a little different. In particular, the sense about a family is so different that we had an argument about each role among a couple. He thought that men should work outside and women should do only housework. I couldn’t agree with this opinion because it was so conservative. Thus, our personalities are quite similar, while ways of thinking and senses of value are a little different among us. However, now, I can’t help feeling that my thinking has been becoming close to him because graduating from my school days to working means being on the same stage as my father.
The school days are pretty different. My father and I studied at the same elementary school near my house. He used to play a baseball so well at this school that he was spotted and recruited by a private junior high school. He went to that junior high school and had been absorbed in a baseball until he stopped it at a high school because of a hurt. While, I used to be moderate in not only sports ability but also studying through elementary, junior high, and high school. I guess that I couldn’t stand out as much as him in these schools. What’s more, the lives of university are more different than of these schools. He had to unfortunately leave the university to take over the president of our family company because his father, who is also my grandfather, suddenly died. He has been working hard as the president for almost 40 years since that incident. While, I could have successfully graduated from the university and the graduate school by grace of the support of my parents. In addition, they let us study abroad before working. Now, I’m thanking them sincerely. Thus, our school days are quite different. I assume that the difference would affect our lives in present and future.
In short, there are a lot of similarities and differences of physicality, personality, and background between my father and I. Then, the biggest difference between us is coming, which is the working style. This means that I will work as an employee, but he’s never work as an employee. I know it will have to make bigger difference between father and I, but I’m looking forward to talk about this difference with drinking someday.
参加してる英語プログラムも残り1週間を切った.みんなの話題はFinalのテスト,次のQuaterが始まるまでの2,3週間のVacation,そして今後の進路がほとんど.テストはさておき,Vacationと進路は人それぞれ.このまま英語プログラムを継続するって人もいれば,College(日本でいう短大)に編入する人,違う学校の英語プログラムに移る人もいる.忌まんところ俺は2,3週間のVacationのあと,うちの大学の違う英語プログラムを受講予定.かなりベタな道を歩む自分が少し嫌だ.
角刈りになって2日目.やさしい日本人の友人が俺の髪を切ってくれた.丸刈りの上が長い版のような髪型になった.後頭部辺りの髪の角度は角刈りの面影をただよわせているのだが...新しい髪型を見た先生からは3人連続して「芝生』のような頭だと言われた.上だけ茶色で,サイドが黒いためよけい芝生に見えるそうだ.クラス内でだいぶおいしいキャラにつつある.
なに,角刈りの写真を残せなくてすまない.記念にとっておくべきだった.
素で撮ってみた.まじまじ自分の顔を見ると引いた...芝生かどうかはわからんと思うけど,見ての通りなんら変わらず元気にやってます.
この2ヶ月髪は伸びっぱなしだった.さすがに我慢の限度が来て,今日は床屋に行く.
この床屋っていうのはなかなか厳しい.どんなヘアスタイルにしてほしいとか,英語で上手く表現できないため,みんなアメリカ人の髪型になる.この髪型,横と後ろがきっちりとそろっていて,軽いテクノが入る.アメリカ人にとっては普通なんだろうが,日本人にはなかなか馴染めないもの.できればその髪型にはなりたくない.学校の日本人やHost Motherなどは日系の美容室を勧めてくる.しかしながら,この2週間で親しい友人たちがみんなアメリカの床屋に挑戦し破れさっている.それだけに俺もここでは引けく事ができず,床屋に行く事になった.
授業が終わり,親しい台湾人とともに学校隣の床屋へ.値段は$11と安い.散髪が始まると凄い勢いで俺の髪の毛を切っていく.加えてバリカンが登場し,最終的には恐れてたアメリカ人の髪型になってしまった.あっさりと敗北.だが色々と学んだ.アメリカ人の床屋はサイドの髪をはさみで切る習慣がなく,絶対バリカンを出してくる.それはやめてくれといっても,これじゃなきゃできないと言われては反抗する気もなくなる.加えて日本の美容室などがよくやる「梳く」というメソッドを知らないらしい.髪の毛をつまんで,ばっさりと横からハサミを入れる.縦からシャギーのように切ってくれといっても,私はできないと突き放された.
今の俺の髪型はいわゆる角刈り.よく言えば高倉健,悪く言えば大阪の弱そうなチンピラのような髪型.海での髪焼けのせいで,ところどころ金色,ところどころ黒色.明日から海藻系を一杯食って,早く髪の毛を伸ばそうと真剣に考えてる自分がいる.